あぁ、イライラする。
やり場のないこの気持ちに、は帰宅後そのままベッドに転がり込む。
の部屋は、見事なまでに殺風景な部屋だった。
必要最低限の家具、家電がある以外は特になにもない。
ただ時折、悪趣味なインテリアが顔を覗かせているが、明らかにこれはの趣味ではなかった。
をこの部屋に住まわせている、の天敵ともいえる人物からのささやかな贈り物であるそれは、部屋でかなりの異彩を放っている。
自身それらをよく思っていないが、逆に触れたくも関わりたくもないという気持ちが強く、撤去されることもなく置かれたままになっているのである。
は、真壁翼という人間を好きではない。
両親を海外へと連れて行ってしまったあの真壁財閥の若社長。
もちろん、だってわかっている。
彼が決めたことではないことを。
両親が望んで選んだ道であることを。
ただ、この気持ちのぶつけ場所が見つからなかった。
は両親が大好きだった。
共働きで平日は家にいないことが多かったが、休日はのためにあけてくれて接してくれる。
仕事の上でも才能が高く、そんな両親に憧れをもっていた。
だから、仕事上海外に行くことに対してそこまで反対はしていなかった。
唯一反対したのは、を日本においていくという選択肢。
自分がいては迷惑をかけるということも、十分わかってはいたが。
離れたくなかった。
こんな考えを巡らしていても余計に腹が立つだけだ。
は制服を脱ぎ捨て着替える。
この空間に、1人でいることが何より嫌いだった。
だから外に出る。
それだけ。

外は相変わらずの喧騒に包まれていた。
空気も汚い。人も多い。うるさい。
でも、その中にいるだけで気がまぎれた。
世の不良たちは皆こうやって自分の状況を忘れるんだな、とまるで他人事のように考えながらは外を歩く。
近頃、この街はダイヤモンドサインで溢れている。
あの方丈那智が突然現れてから、この街は変わった。
さほど興味のないことであっても、外に出ている限りその空気は伝わってくる。
日に日に広がる勢力。
不思議なことに、厄介な事件等は少なくなった気がしなくもないが。
「・・・あれ?アンタ確か・・・」
突然後ろから声をかけられる。
振り返るとそこにいたのは、どこかで見覚えのある顔だった。
だが、名前は思い出せない。
・・・いつ出会ったのかさえも。
「・・・ダレだっけ」
「言うと思ったよ・・・俺は譲。ナチさんといた奴だろ?お前」
「・・・・・・あぁ、アイツのお友達、ね」
それを聞いた途端、声のトーンが瞬時に下がる。
ナチという言葉は今のには禁句であった。
「・・・なんだよ?」
「その名前、私の前で口にしないで」
「は?何言ってんだ?」
「いいから、次言ったら・・・シメるわよ?」
睨みつけるような視線に譲は思わず背筋がゾクリとする感覚に見舞われる。
(ナチさんといい、こいつといい・・・なんなんだよ・・・この威圧感は・・・)
初めてナチと出会ったときもそうだった。
この、思わず逃げ出したくなる恐怖。
生まれて初めて見た、恐ろしく冷酷な眼差し。
それが、こんな女からも向けられるなんて。
恐ろしいと感じる心。
そして同時に感じる強き者を見た興奮。
これが夜に居つく者の本能なのか。
「・・・で、貴方」
「っ、なんだよ・・・」
まるで興味のないような視線へと変わったが、譲に消えろと声をかけようとした瞬間。
「あれー?ちゃん?」
突然かけられた声にの動きはぴたりと止まり、顔だけを振り向かせる。
そこにいたのは、悟郎と瑞希の二人であった。
***
「あっ、もしかしてぇ、ポペラお邪魔?だったりー?」
キャハッ、とでも言いそうな表情で悟郎がしゃべりだす。
特に何も言うつもりのない瑞希はそんな悟郎と、それから譲に軽く視線を流す。
は小さくため息をつく。
こんな人たちに見つかるなんて、なんて面倒なんだろう。
一刻も早く立ち去りたい。
「邪魔でもなんでもないですよ、先生方」
「っ、先公?こいつらが?」
思わず譲が大変ごもっともな意見を口に出す。
見た目からしても、言動からしても教師には見えないだろう。
まぁ、講師であるから特に問題はないのかもしれないが。
「なーんだ、ポペラつまんないー」
「悟郎・・・不謹慎・・・」
口を尖らせながらぼやく悟郎。
そんな悟郎を気にもしないように突っ込みをいれる瑞希。
とにかく、はこの二人から早く離れたかった。
ここで、あの譲という青年が何を口走るかわかったものではない。
ここであの那智がダイヤモンドサインと関係があるとわかったら。
また、ダイヤモンドサインのナチがあの方丈那智だとわかったら。
今以上に面倒な事態だ。
直接被害があるわけではないはずなのだが、は焦っていた。
自分でも、意味がわからないくらいに。
「・・・早く、消えて」
「は?なんだよ?」
「いいから。この人たちに貴方の存在がバレると色々大変なのよ」
「・・・どういう意味だよ?先公なんざ今更恐れるとか・・・」
「そういうこと言ってんじゃない」
小声で話しかけても、普通に答えてくる譲。
は、我慢の限界と言わんばかりに睨みつける。
「貴方とも、貴方のリーダーとも、一切関わり持ちたくないって言ってんの。わかった?」
「・・・ちっ・・・わかったよ」
譲は半ば押されるように頷く。
否、肯定以外の言葉を言うことが出来なかった。
の瞳はあまりにもまっすぐで、否定などできるわけがなかったのである。
それだけ言うと、はくるりと踵を返す。
悟郎と瑞希に視線を向けると軽く会釈し、歩き出した。
「おー、さっすがだねぇー」
「・・・ん」
「・・・なんでついてくるんですか」
譲と分かれて歩き出した。
これで少しだけ気が楽になる。
だが、なぜか悟郎と瑞希が後をついてくる。
1人で外を歩くつもりが、どうしてこうなっているのか。
あぁ、今日は本当にツイてない。
「いやさ、ボクたちもちょうどこっちに用事があったんだもん」
「・・・私とは関係ないんですから一緒に来る必要もないでしょ」
「ってばつめたーい!もっとゴロちゃんたちと遊んでくれたっていーじゃなーい!」
「嫌です」
すると突然、の頭上に手が置かれる。
瑞希の手は、そのまま優しく触れるように頭を撫ではじめる。
「・・・いいこ・・・いいこ」
「・・・どうしたんですか、いきなり・・・」
あまりに突然の出来事に、は思わず立ち止まる。
瑞希は少しだけ微笑むとそのまま頭を撫で続ける。
その行動に少しだけ、の顔が赤くなる。
瑞希の行動はいつも読めないためか、普段の調子で交わすことができない。
「あー!いいなー!ゴロちゃんもなでなでされたーい!」
「・・・悟郎、うるさい・・・」
「あーもう!なんですか本当に!?」
照れ隠しのように叫ぶとは勢いよく二人から離れる。
距離を開け、少しだけ怒ったように見る様子はまるで猫のようだ。
「からかうだけだったらついてこないでください!それじゃあ!」
それだけ言うと、はまた真逆の方へと歩いていく。
楽しそうにそれをみて笑う悟郎。
「いやぁ、は本当面白いねぇ」
「・・・あんまり、いじめちゃだめ」
「えー?今のは瑞希じゃないのー?」
そんな他愛のない会話を繰り広げながら、二人はまた歩き出す。
「ねぇ瑞希。ところでさっきの彼はー・・・最近キヨの追っかけてるネタ?」
「ん・・・多分・・・」
「なるほどねぇ。もなんだかんだかばっちゃうんだからなぁ」
「は・・・いいこ」
「そうなんだけどねぇ・・・ゴロちゃんはポペっと心配だよ」
はぁ、と大げさにため息をつく。
二人にとっても、いやB6にとってもは妹のようなものだった。
心配している気持ちは全員同じだろう。
ただ、伝わらないのが彼らの特徴だ。
「・・・ま、いっか。とりあえず早くツバサんとこ行こ!」
***
機嫌が、余計に悪くなりそうだ。
なんで、こうも嫌なことは続いていくのだろう。
譲に出会って、悟郎と瑞希に出会って。
トドメが、こいつか。
「あれ、夜遊び?」
・・・一番会いたくなかった。
方丈那智。
先ほどのことなど全くなかったように話しかけてくる。
誰のせいで、こんな目にあったのか。
「・・・何か用?」
「用なんてないよー。でも見つけたんだから声かけなくちゃって思って」
にっこり、笑顔で答える那智。
それだけでの機嫌の悪さは増すばかりだ。
その様子を感じたのか、那智は不思議そうに顔を傾げる。
「、なんかあった?」
「・・・なんでもないわよ」
「ウソだ。機嫌悪いし」
「・・・そんなことないってば」
思わず顔を反らしながらは答える。
その様子をしばらく那智は疑うように見つめ、その後呟く。
「ごめんね」
一瞬、理解ができずに固まる。
なぜ、私は謝られているのだろう。
特に悪いことはされていないし、今機嫌が悪いのは完全にの個人的感情の故である。
確かに原因は那智にあるのかもしれないが、それは那智本人にはどうしようもないことだ。
思わず顔を戻すと、申し訳なさそうな表情で那智がを見ていた。
視線が合うと、その表情は更に暗くなりは内心焦りを覚える。
「おれのせいだよね・・・本当にごめん」
「いや・・・別に貴方のせいじゃ・・・」
「おれがちょっと嬉しくなってはしゃいじゃったからさ」
の言葉をさえぎるように話す那智。
いつもと違う話し方には否定することすら出来ず、ただ驚きを隠せなかった。
これが、本当に方丈那智?
あの、嘘くさい笑顔を振りまいて自分と兄のことしか考えてない方丈那智?
などと失礼なことを頭にめぐらせながら。
「無理に呼んで、とか言わないよ」
少しだけうつむいたまま、話し出す。
「いつかさ、呼んでもいいかなって思ってくれた時でいいんだ」
そう言いながら、視線をあわせて「ね?」と微笑む。
その笑顔に、の心は揺らぎを覚えてしまう。
元々、否定をするつもりはなかったのだがここまでされてしまうと自然と罪悪感が生まれてきてしまうものだ。
それが、色々の始まり。
「・・・別に」
「え?」
「別に・・・呼ばないとは言ってないでしょ」
気付いたときには、は声に出していた。
ぶっきらぼうに、顔を反らしながら。
驚いたように那智がこちらを見ているというのは気配で伝わってくる。
もう、ヤケだ。
はそんな気分で話し続けていく。
「確かに機嫌は悪いけど・・・貴方だけのせいじゃないし。名前呼ぶのがそこまで嫌だなんて思ってないから」
「・・・ほんとに?」
「ウソなんかつくわけないでしょ」
「・・・そうだった。は正直だもんね」
ちらりと横目で那智を見る。
視線があうと、驚いた顔は優しい笑顔へ変わった。
(・・・なんなの、あの顔)
視線を戻しながら考え込む。
あれがいつも通り上辺だけの笑顔ならもそこまで気にすることはなかった。
(何もいえなくなるじゃない・・・)
完全に調子が狂ってしまった。
は目を閉じながらひたすら考え込んでしまう。
この場をどうしたらいいのかわからない。
何より、ここからどう行動したらいいのかさえも今のには判断ができなかった。
それほどまでに、自分の中が混乱してしまっている。
そんな自分にも気付かないほどに。
ふと、突然頭に手が置かれる。
気付けば那智がすぐ側にいてゆっくりと頭を、まるで髪だけに優しく触れるかのように撫でてくる。
思わず身体に緊張が走るのがわかった。
瑞希のときとは違う、なんだかくすぐったい気持ち。
それがなんなのか。
今のにはわかるわけがなかった。
「ありがとう」
「・・・なんで御礼言われなくちゃいけないのよ・・・」
「だって、本当に嬉しいんだもの」
手を振り払って逃げることはいつだって出来た。
自身も、わかっていた。
でも、逃げられなかった。
あまりに優しい手に、あまりに優しい声に。
思わず身体は全てを受け入れてしまっていた。
「・・・那智」
名前を、呟くように声に出す。
「なに?」
改めて、と言わんばかりに名前で呼び返される。
ずっと呼ばれていたはずなのに、なんだか恥ずかしさを感じる。
「・・・はぁ」
「どうしたの?」
思わず出たため息。
目の前では那智が不思議そうに首を傾げている。
「・・・やっぱり、慣れない」
「プッ、それで呼んだの?」
「悪い?慣れないと呼べないじゃない」
「アハハッ、目の前で呼ばれるとは思わなかったなー」
楽しそうに笑いながらも撫で続ける手。
その手に心地よささえ感じてしまう。
(・・・本当、意味わかんない・・・)
そしてゆっくりと手は離される。
髪にはまだ手の感触が残る中、自然と名残惜しげに視線が那智へと向けられた。
そんな表情に少しだけ困ったように微笑む。
「もっといたいんだけどね、おれ今日用事があるからさ」
「あ・・・そう」
「また明日、補習でね?」
コクリ、と頷くだけのを見て満足したのか那智はゆっくりと歩き出す。
その姿を、ただ見送ることしかできずにいた。
頭の中が、整理できない状態というとき。
人はよくわからない行動に出るという。
だが、それは心の奥底にある本能が出ているのだ。
それにが気付くのは、まだ先の話。
「・・・・・・あぁ、そういえば」
思わず独り言を呟く。
もう那智の姿は見えない。
動けなかった身体は、やっと感覚を取り戻してきた。
軽く伸びをしながら、は更に1人呟く。
「・・・今日は、占い12位だったわね」
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激しく遅れましたorz
もう本当すみません・・・。
こっからまたノロノロがんばります・・・。
2010/03/18