夏休みも終わって、秋。
合宿も無事に終わって一息つく間もなく、新学期が始まる。


あの一件以来、少しだけ方丈那智は私と距離をとるようになった。


会えば普段と変わらないし、補習だって普通に受けるけれども前以上に私と行動を共にしようとはしなくなった。
私からしてみれば、気が楽になっていい・・・と思うはずなのだが。
なんだか少しだけ周りが違って見えて、違和感を感じてしまった。





ある日の放課後。
今日は補習もなく、のんびり過ごせると思っていたのだが。



「今日の放課後、生徒会室で今後の補習内容の確認を行う」



なんて通達が出てしまった。
もちろんサボって帰りたかったのだが、卒業がかかるとそうもいかない。
あぁ、今だけは補習を引き受けたことを後悔してる。











「失礼します」
か。早かったな」


生徒会室には、方丈慧がいた。
辺りを見渡すが他には誰もいない。


「2人は?」
「あぁ、那智は生徒会の仕事で、新任教師は職員会議があるそうだ」
「へぇ・・・早く来る必要なかったな・・・」


ため息をつきながら近くの椅子に腰掛ける。
方丈慧は目の前にある大量の書類に目を通しているようだ。
暇なのでそれをしばらく見ている。



思えば、弟とは関わりがあったが兄の方とはほぼ関わりがない。
あの方丈那智が気に入るほどの人物とはどういうものなのか。





正直、ただの生真面目にしか見えないんだけれど。





「・・・なんだ?」
「いえ、暇なもので」
「なら、2人が来るまでに今までの補習成果、進み具合を簡単でいいからまとめておいてくれ」


こんな感じだし。
まぁ特に関わろうとは思わないので、気にせずテキストを開く。
パラパラと、テキストをめくる音と、方丈慧が資料に何かペンを走らせる音だけが響く。



静かな時間が過ぎた。



不思議なことに、苦ではなかった。



なぜかわからないけど、居心地がよい。



・・・変なの。



「・・・ふぅ」



ため息をついて、突然方丈慧が立ち上がる。
奥に姿を消したかと思うと、しばらくしてティーカップを2つ持って戻ってきた。



「紅茶だ、飲めるだろう?」
「・・・えぇ、ありがとう」




この学校はどこでもお茶が出るんだな。


紅茶は、とてもいい匂いがした。




「那智との補習はどうだ?」
「・・・なんだか生徒会長、父親みたい」
「なっ・・・!僕は現状を把握するために聞いているだけだ!」




本当のことを言っただけなのに、ムキになって言い返される。
こういうとこは、子供みたい。
実際に大人びた人なのか、はたまた背伸びしているだけなのか。



「なんとかやってます。特に問題も起きてないし」
「まぁ那智がいれば問題はないだろう。あいつらの成績が上がらないのだけが問題だ」
「それは確かに。生徒会長ってこんなこともしてて大変ですね」
「この学園のためだ。当然のことだろう」



その言葉には何も迷いは感じられなかった。
素直に述べられた言葉。

なんだか、本当に学校が好きなんだろうな。
自分の全てをかけてでも、よくしていきたいというのは本心だろう。
ここまで正義感?に溢れた人がこの世にいるとは思わなかった。



、1つ気になっていることがあるんだが」
「なんでしょう?」
「・・・なぜ、僕を役職で呼ぶんだ?」



なぜ、といわれても困る。
正直、そこまで親しくする義理もないからだ。

こんなことを言ってはまた生徒会長の逆鱗に触れそうで面倒な気もした。



「・・・なんとなく、です」
「なら今日から僕のことは慧様と呼べ。那智も那智だ」
「・・・慧様?」
「っ・・・!ちっ違う!慧と呼べ!!!」



思わず口走ってしまったのだろう。
顔を真っ赤にしながら首を振る彼は、なんだかおかしかった。
いつもそう呼ばれているから染み付いてしまったのだろう。


それにしても、「王様」と呼ばれるだけの呼び名だ。
それで、本当にいいんだろうか?



「せっかくですけど、遠慮します生徒会長」
「なぜだ?」
「私、親しい間柄の人以外、名前では呼びませんし」



若干1名、過剰に反応しそうな人もいるしね。
それはそれで大変面倒だ。



「だめだ。それでは僕が生徒会長じゃなくなったらどう呼ぶんだ」
「・・・お兄さん?」
「なんだそれは・・・僕には方丈慧という立派な名前があるんだ」
「じゃあ方丈君」
「それでは那智と呼び分けができないだろう。いいから僕のことは慧だ。いいな?」



何を言っても無駄のようだ。
なんでか知らないけど、そこまで気にすることか?
有無を言わせない言い方で強要してくる。



「・・・本当、昔話の王様みたい」
「昔話だと?」
「え、あ・・・はい」



思わず呟いた独り言を聞き取られてしまった。
うっかり「裸の王様とか」なんていいそうになったのを抑える。



「お前も昔話を読んで育ったのか?」
「え・・・いや、普通そうじゃないですか?」



なんだか様子がおかしい。



「まさか・・・読んだことないとか?」
「っ、まさか!この僕に不可能はない!」
「いや、不可能とかじゃなくてですね・・・」




明らかに焦っているように否定している方丈慧。
そこをそんなに否定しなくてもいいと思うのだが。




「いや、いいじゃないですか読んでなくても」
「読んだことくらいある!!アリとキリギリスとかだろう!」
「え、えぇ・・・それだと生徒会長はアリですよね・・・」
「何?僕はキリギリスだろう?」
「はい?」





自分で自分を否定してませんか?





「キリギリスは勤勉な生活を送り、最後はひ孫に見守られ大往生する・・・すばらしいじゃないか」
「・・・は?」



思わず地が出る。
・・・それはなんていうアリとキリギリス?



「あの・・・それ、なんでしょうか」
「なんだ?アリとキリギリスじゃないのか?」
「アリとキリギリスって何作かありましたっけ・・・」
「いや、そんなことはないだろう。それにこれは那智が僕に聞かせてくれたんだ。間違いない」





・・・あいつか。





なんだかそれだけで納得がいってしまった。
この人も大変なんだな。まぁ、気付いてないけど。



それから色々な話を聞いた。
家具屋姫なんてもう原型をとどめていないもの、叔父貴なんて誰が聞いても嘘だと思うものや、どこぞの有田君?の話。
全て、方丈那智の傑作だった。



これが小さい頃の話だというのだから、本当に彼は天才の域を超えている気がする。



「僕は普段そういったものを読まないからな。僕のためにわざわざ手作りで作ってくれたのがこの「那智文庫」だ」



那智文庫。



その単語にもう、我慢の限界だった。





「ぷっ・・・あはははは!」





おかしい。おかしすぎる・・・。
那智文庫などというものを作った弟の秀逸な作品集も、それを本気で信じて今まで生きてきたこの兄も。
本当は、この2人どこか頭がおかしいんじゃないのか。
それくらいおかしくて、笑いが止まらなくなった。



「何を笑っている!!!僕は真面目に・・・」
「あははは!いやもう無理・・・何言ってんのかわかんないし・・・!」
「貴様!侮辱罪で訴えるぞ!!!」



がんばって笑いを抑える。
同時に真っ赤になって怒る兄と目があう。




あぁ、なんだかわかった気がする。




方丈那智が、兄を慕う気持ちが。




「あはは・・・本当、ごめんなさい・・・慧君・・・」
「・・・今、名前で呼んだな?」
「えぇ・・・ふふ、貴方はとてもいい人ね・・・だから名前で呼ぶことにする」
「と、当然だっ!」


もっととっつきにくい面倒な人だと思ってた。
でも、少しは心を開いてもいいかな。
兄にも・・・まぁ、弟にも。

2人とも、私にとって面倒なことには変わりはないだろうけど。
こうして笑うのは、とても楽しかったから。
方丈慧は照れているのか私から思いっきり顔を反らしたまま。
そんな姿も、なんだか面白いので思わず笑いが止まらなくなる。



「ごめんねー、お待たせ・・・あれ?」



勢いよく開かれたドアから方丈那智が顔を出す。
目があった途端、不思議そうに顔を傾げる。



・・・何か、あった?」
「そうね・・・あとで、詳しく話を聞いてもいいくらいなことがね」
「んー・・・?」



私と方丈慧を交互に見ながら少しだけ気になるような表情を浮かべたまま、方丈那智は隣に座る。
なんだか腑に落ちないのか、私の方をじっと見てくる。
しばらくしたら、壮大な那智文庫の話でも聞かせてもらおう。
なんだか少しだけ楽しみができた気がして、その日はとても機嫌がよかった。


ずっと不審そうに見てくる方丈那智。
少しだけ照れくさそうに、でも少しだけ打ち解けて話してくるようになった方丈慧。




なんだか色々と、変化が起きている。




それに私が気付くのは、まだ先の話。





***


先週UP予定が大幅遅れました!!!!すみません!!!!
なんか色々と試行錯誤した結果、前に作った文章をリメイクという結果に・・・。
もう色々と難しい方向に話がいきそうですが、がんばります(笑)


2009/11/24